野村達雄(ポケモンGO)の経歴や実績!ポケモンGOの誕生について

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みなさん、こんにちは

ポケモンGOを作った人、野村達雄(のむらたつお)は中国の黒龍江省出身で極貧の生活から来日し、日本国籍をとり、現在はゲームクリエイターとして活躍しています。

その生い立ちからこれまでの苦労などの経歴や実績を調査しました。

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画像元:http://news.livedoor.com/article/image_detail/13517966/?img_id=13720534より

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野村達雄の出身や学歴(プロフィール)

生まれ:中国の黒龍江省(1986年)

幼少時の名前:石磊(シーレイ)

1995年(9歳)一家で来日し、練馬区の小学校

1997年長野市に移住

出身校:信州大学工学部情報工学科、東京工業大学大学院情報理工学科修士

2011年Google Japan入社

2013年米国Google本社に移籍

2015年Niantic Labs(Google社内)に所属→Niantic, Inc.(ナイアンティック社)移籍

中国の黒龍江省のその時代は、どこの家も貧しく、とうもろこし粥が主食。

日本に来た小学生のときは新聞配達等をして働く。

中学時代にパソコンを購入し独学でプログラミングを習得し、信州大学のときに日本国籍取得。

野村達雄の実績

  • 2011年度コンピュータサイエンス領域奨励賞受賞
  • 2012年ファミコン版のGooleマップ開発
  • 2013年Gooleマップ宝探しバージョン開発
  • 2014年ポケモンチェレンジ開発
  • 2015年ポケモンGOの開発運営に携わる

ポケモンGO誕生(ポケモン社石原恒和、ジョン・ハンケ)

先に、ナイアンティックで、イングレイス(スマートファン向けのオンライン位置情報ゲーム)が開発されていた。

その会社は、もとはGoogleの社内ベンチャー「ナイアンティック・ラボ」であり、創業者・Google副社長でもあったジョン・ハンケを始め、Google mapやGoogle Earthを開発メンバーで構成されていた。

創業の目的は、屋外で使うためのアプリ開発

●ポケモン社の石原恒和(代表取締役社長)からの要望「ポケモンを捕まえる

●ゲームを通じて人を外に連れ出し、リアルを変えようとするジョン・ハンケのコンセプト

その先にポケモンGOが誕生したようです。

但し、安心、安全にプレイしてもらうことが大事なことから、一定以上の速度で移動するとポケモンが出ない機能をつけたり・・・

ポケモン社の石原恒和(代表取締役社長)

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画像元:http://www.pokemon.co.jp/corporate/philosophy/より

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画像元:https://dime.jp/genre/427715/より

著書『ど田舎生まれ、ポケモンGOをつくる』の価格とクチコミ

小学館集英社プロダクション/1,296円(税込)

中国の生い立ちから、開発の道のり、ポケモンGOに至るまでが書かれています。

amazonでのクチコミ(カスタマービュー)では5段階で評価し、現在10名のレビューがあります。★5つが7名、★4つが2名★1つが1名と評価は良い方でした。

amazonでは中古品として、グレードが「良い」で送料込み1,034円が最も安い値段です。1,296円(税+送料込み)の書籍が1年経っても、まだ1,034円(税+送料込み)を維持しているという観点から見ても、購読者の評価が良いことが示されています。

まとめ

中国から親戚を頼って来日し、独学でプログラミングを取得、信州大学に入るのは凄いですね。努力がないとできません。

コメントの中には、「今の若い人にレールに則らない選択肢もあるって、勇気づけられる本になればいいなと思ったんです。」

目的を持ち続けることは大事ですね。

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