廣澤誠吉(激レア)キリマンジャロ鉄馬登頂の日数や鉄馬重さ?経歴!

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みなさん、こんにちは

激レアに登場『竹馬でキリマンジャロを登り切った筋肉超人』は廣澤誠吉氏です。

『竹馬』となっていますが、『鉄馬(てつうま)』です。

鉄馬は何キロ? 鉄馬でキリマンジャロを登頂したのは何日? という疑問から、なぜ鉄馬なのか、廣澤誠吉はどんな人(経歴)なのか、を調査しました。

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鉄馬(鉄製竹馬)は何キロ?

6キロあります。

昭和50年代に初めて、知り合いの鉄工所に特注で作ってもらったそうです。

キリマンジャロ登頂は平成3年。

2014年に3代目を発注していたようです。

鉄馬でキリマンジャロ登頂に何日?

標高5895メートルのキリマンジャロ最高峰まで、3日間

寝るとき以外、食事や休憩も含め一度も足をつけなかったとのことです

廣澤誠吉の経歴

廣澤誠吉のプロフィール

  • 生年月日:1946年(昭和21年)12月6日(現在71歳)
  • 出身:徳島県一宇村(現在:つるぎ町)
  • 家族:妻、子ども2人
  • 趣味:一輪車(30代半ば~退職まで通勤)、空手、鉄馬登山、クライミング、狩猟、スキー等
  • 仕事:交通局職員(バスの運転手、地下鉄の駅員など)65歳退職

廣澤誠吉の経歴

  • 1969年(昭和44年)京都市交通局に就職。
  • 1970年(昭和45年)日本正剛館空手道士会入門。
  • この辺り(20代前半)鉄ゲタによる登山⇒すぐに竹馬に変更
  • 1971年(昭和46年)北野歩山会創設。
  • 1975年(昭和50年)空手道指導員。
  • 1977年(昭和52年)31歳のときに鉄馬に変更
  • 1980年(昭和55年)京都岳人クラブ入会。
  • 1988年(昭和63年)山岳指導員となる。
  • 1991年(平成3)45歳、鉄馬によるキリマンジャロ登頂
  • 1992年(平成4年)空手5段位となる。
  • 1998年(平成10年)52歳、鉄馬によるキナバル山登頂
  • 2000年(平成12年)京都岳人クラブ代表となる。
  • 2002年(平成14年)京都市交通局を早期退職。
  • 2006年(平成18年)健康空手気功道を完成させる。

廣澤誠吉の鉄馬登山

鉄馬登山のきっかけは、空手の鍛錬(20代前半)のため。

最初は鉄げたで山を登ったが、すぐに物足りなくなり、よりバランス感覚が要求される竹馬に変更。

さらに、31歳で鉄馬へ。

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画像元:Amazonより

先の経歴で示しているように、31歳で始めた鉄馬登山。

これまでの鉄馬登山は

地元京都の愛宕山(百数十回)、大文字山(1回)、千石岩(10回)、伊吹山(1回)、富士山(2回)、大峰山(3回)、乗鞍岳(2回)、御岳山(1回)

その他、東京タワー外階段やサンシャインビル階段。

そして45歳でキリマンジャロ山、52歳でキナバル山へ!

 

廣澤誠吉の執筆の本

異色冒険 鉄馬登山家―廣澤誠吉自伝

seikichi-hirosawa-tetsu-uma-tozan

価格:4,191円(自費出版)

  • 単行本: 172ページ
  • 出版社: 風詠社 (2013/09)
  • 発売日: 2013/09
  • 梱包サイズ: 21.2 x 15.4 x 2 cm

健康空手気功道

seikichi-hirosawa-tetsu-uma-tozan

画像元:https://www.amazon.co.jp/健康空手気功道-廣澤-誠吉/dp/4434227416/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1519022195&sr=1-1 より

価格:1620円

  • 単行本: 119ページ
  • 出版社: 風詠社 (2016/12/1)
  • 発売日: 2016/12/1
  • 梱包サイズ: 22 x 15.5 x 1.1 cm

まとめ

20代から空手を始めて、その訓練の為に鉄ゲタでの登山⇒竹馬での登山⇒鉄馬(6㎏)での登山・・キリマンジャロ山、キナバル山登頂! 

また空手は空手で2006年に健康空手気功道を完成させる!

地道に努力できる方で、すごいと思います。

京都市交通局勤務で、一輪車で通勤というのも凄い! 空手に必要なバランスを養うためでしょうか。

トップに立てる人は目標をもち、継続して努力できる人ですね。

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